『誰ガ為ノ物語リ」 前編  「朝・・・・か」 午前4時、朝と夜との境の時間、ほとんどの人がまだ眠りを貪るこの時間帯が彼の起床時間だ。 首都プロンテラ。 シュバルツバルド共和国と共に一番繁栄しているルーンミドガッツ王国の首都 そんな街の一画、プロンテラ第34地区にあるDOG専用の宿、その中にある一室 その部屋は、特に装飾も無く、寝るという一点のみに使用されている空間。 その中で彼は、軽装ながら身支度を整え庭へと向かう。 いつも通りに起床をし、いつも通りに仕度をし、外に出ていつも通りに朝の訓練へ向かう それが、彼の日々のスタイル何があろうとも代わることの無い行動。 この宿の庭は軽い運動が出来る程度の広さで芝など植えられていて案外確りしている。 他のメンバーもここで訓練を行う場合もあるのだが早朝からここでやるのはあまり居ない。 「ふっ・・ふっ・・」 形式的な型、模範的な動き、それはまるで教科書をなぞったような振り その動きはある種、機械のようであり人間味が無いに等しい。 起きたばかりだと言うのに今まで寝ていた感をまったく出さない。 俗に言うオールバックのヘアスタイルでたたずむ、その者の名前は[イワン]彼の職は上位聖騎士、通称パラディンと呼ばれる存在であり、5年前にプロンテラ聖騎士団に所属してた経歴があり、とある事件で城に攻め込んだ数百のモンスターをたった一人で防ぎきるなどという快挙を行った。 聖騎士のほとんどは、神を信仰し自身の主に対し絶対的な忠義を持って従っている。 しかし、彼はある疑問を持ってしまった。 (この国には護る価値があるのだろうか) 稀に異例もある。 何も信じず何も信仰しない、忠義を持たず忠誠も誓わない。 それはある意味、聖騎士としての職務を全うしていないとも言えるが、それが絶対では無いのもまた事実なのである。 彼の場合、その中間に位置し、神を信仰していないが主に絶対的な忠義を持っている。 だが過去のプロンテラ城襲撃の事件のとき彼の主はモンスターにより絶命し現在、彼は従うべき主を持っていない。 従うに足りうる主の居ない聖騎士団に興味を無くした彼は、数日後に辞めてしまった。 一人酒屋で飲んでいるところ偶然立ち寄ったトッティと再会し「尽くすべき主を求めて旅に出ようかと思う」と相談したところ「まずは身近なところから探したら?」と言われ今に至。 「っは!・・・・・はっ!」 動きの一つ一つに技のキレがあり、彼の周りの刻が止まったかのように一連の動きがコマ送りで動き出す。 無駄というものを一切に切り捨てた型がまさにそれであるかのようである。 ほとんどの者は、「実戦では、型などに意味は無い。臨機応変な対応こそ戦闘で唯一必要なのだ」と言う人は多い、がしかし武を極めた者からすれば臨機応変な対応というものは、模範的動作の中の一つの行動にしか過ぎない。 心得を用いて尚、実戦的な型はまさに脅威であると言えよう。 極めれば極めるほど無駄な動きが削られていく。 それはどのような状況であったとしても決して揺るがすことは出来ない完成された動き。 彼は、まさに一流の剣の使い手だろう。 しかし、どんなに剣に長けようとも彼は日々の生活に目的を持てずに居た。 全てを誓った主はもはや帰らぬ人となった今、何を求め日々を暮らしていけばいいのだろうか、そもそも主を護れなかった自分にその価値はあるのだろうか、そんな不安を胸に抱えながらも誰にも悟らぬよう日々を暮らす。 「・・・ふむ・・・」 (いかんな・・・精神が乱れている) 集中力が切れた彼は、剣を放り投げその場に座り込んだ。 朝と夜の境だった時間からすでに日が昇り始め夜が去っていく そんな様を見ながら彼は、一人思い耽る。 (私は・・今のままでほんとうに良いのだろうか) 何度同じことを自分に問いかけただろうか。彼は、事件以来その答えを探し続けている。 自問を繰り返し答えを導けずにいる。それはまるで答えの無い迷宮に彷徨いこんでいるように深く。 「お前は、相変わらず起きるはえーのな」 ふと、視線を上げると一人の男が宿の扉の前に立っていた。 ついさっき起きたばかりというような顔つきでありながらもその瞳は深海のように蒼く、静かな強さを感じさせる彼の名は[ラグナレク]彼もまた上位聖騎士である。 「貴様が、単に遅いだけだ」 「そうか?」 「そうさ」 むむむ、などとラグナレクは唸りながらも軽く頭を振り足元に転がっていたイワンの剣を拾い上げ振り始める。 彼の振りは、実戦を重視する剣術と言われる類でも精神鍛錬の意味合いが強くなる剣道と言われる類でも無い。 かといってチャンバラのような遊びでもない。 イワンの様に模った動きではなく、あくまで自然な動きで剣を振るう。 ラグナレクとイワンは、対極の存在である。 決定的な違いは別にあるのだが要素においては、スピード型とディフェンス型が大きな違いのひとつであろう。 イワンは、護ると言う戦い方だとするならばラグナレクは、攻める戦い方で在ると言えよう。 鉄壁を持って他者の攻撃を漏らすことなく全てを防ぎきるイワン。 逆にラグナレクは、俊敏な動きで敵をあしらい確実に潰して行く。 パラディンという職でありながら二人は、まったく別の存在であるのだ。 ラグナレクの戦い方は、俊敏ゆえイワンの様にスローモーションの如く流れることは決して無い。それ以前に剣先を捕らえることさえ難しい。 イワンは立ち上がり用意しておいた別の剣を手に取ると対に構えて。 「始めるか」 「今日は、勝たせてもらうぜ?」 「ぬかせ」 一瞬にしてその場の空気が変わる。 音すらも遠くにおいやってしまうかのような静寂 そんな一瞬に、剣と剣が交差する。 精錬された音が鳴り響く。 ラグナレクは、まるで律動を刻むが如く止まらない『狂連撃』瞬速で確実にイワンを斬りつける。それに対しイワンは、全ての攻撃を一つも逃さず防ぐ。 攻守その言葉通りの戦いである。 速さと鋭さのラグナレクに対して、完全守備のイワン、普通に考えればどちらが押しているなど明白なのだが、こと彼らに関しては別である。 連撃という名の攻め、防御という名の攻め、見た目では攻守なのだがこの現状に関しては、両者押し合っているのだ。 特に芸も無く、何かを取り入れる訳でもなく、ただ単に斬り合ってる。 彼らからすればこの状況は、単なる朝の訓練の一環でしかない。 ラグナレクの右左のコンビネーションを瞬時に見切り弾き落とす。 すぐさま、次の攻撃を繰り出すのだがことごとくイワンの剣に弾かれ互いに距離を取った。 「へぇ、ますます隙が無くなったな」 「ふんっ」 「そろそろ、本気で行くぜ?」 「言ってろ」 更に場の空気が下がり、両者鬼気迫る面持ちで斬りいれようとした瞬間。 「ほおぉぉぉぉりぃぃぃぃらいとぉぉぉ!!!」 神聖な光で敵を攻撃する聖職者のみ許される魔法が、ラグナレクに直撃する。 「がふっ?!」 あまりの出来事にラグナレクは、その場に横転してしまった。 いきなりの衝撃にその場に張っていた気が、一気に拡散してしまった。 「あぁぁぁぁぁなぁぁぁぁたぁぁぁぁ!!」 (アレは・・・) 宿の扉ごしにたたずむ女性は、あからさま怒りを放出しながらラグナレクを睨んでいた。 「ラグナさん!!一体どういうことか説明してください!!!」 彼女は、倒れているラグナレクまで一気に駆け抜け、マウントポジションを取り胸倉を掴んで上下に揺らし始めた。 「しぃぃろぉぉぉなぁぁぁにぃぃぃがぁぁぁぁぁ」 「何が、じゃありません!!!」 上下に揺らしながら尋問し始めたロングヘアにツインリボンをつけた彼女の名前は[白樺]彼女の職は聖職者、通称プリーストに属しておりそして、ラグナレクの妻である。 DOGに所属はしていないのだが甲斐性なしの旦那のためにわざわざ越してきた。 普段は、かなりノンビリした性格なので、白樺が怒るというのはとても珍しくましてや怒りをあらわにしてラグナレクをまたぎ胸倉を全力で振っている。 (今日もいつも通りの朝だな) そんな状況にも触れず、イワンは剣を収め家の中に帰って行く。 「今日という今日は、ゆるしませーーーーーーーん!!!」 「うがぁぁぁぁぁ!!!」 「おはよう」 「おっは〜☆イワン」 食堂に入ってきたイワンにウインクをしながら軽快に返すお団子へアの彼女の名前は[らえる]彼女もまた聖職者に属しており、唯一イワンとPTを組む女性である。 「イワン〜パンにばたーは?」 「いらん」 そういうと自分の席に座りらえるの出してくれた朝食を食べようとする。 だが・・・。 「あ〜らえる・・・作って貰っておいて言いたくは無いんだが」 「言わないで喋らないでとっとと口に入れて、美味しい?」 「微妙」 イワンは、その黒一色な朝食らしきモノを気にはしたが黙々と食べ始める。 コンソメスープらしき味がする黒い液体を飲み干すと小さく頷き。 「らえる」 「な、なにかな・・?」 「ご馳走様」 「え・・あ、ぅん、お粗末様」 顔を真っ赤にして慌てて食器を台所に片付けに戻ってしまった。 「さて・・・」 (今日の予定でも決めるか) イワンは今日のスケジュールを確認するため、リビングへ向かう。 DOG専用のこの宿の造りは、主にリビング、応接室、トレーニングルーム、食堂、大浴場、各個人部屋、という造りになっており一般的な宿屋とは格段に大きさが違う。 建物の大きさのわりには、実際住んでいる大体数22人とかなり少数だ。 その人数で住むにはかなりの広さでその分一人一人の経費もまた結構かかる、なので稼ぐため傭兵やら教員などの仕事にそれぞれが駆り出されるのだ。 どこから見つけてきたのか、と思わせる仕事もちらほらある。 イワンは今日のスケジュールを確認するため、リビングへ向かう。 リビングも結構な大きさなのだがくつろげる様に大きめのソファとテーブルが置いてあるだけという案外質素だ。 そんな中、手前の壁際に仕事リストが貼ってある。 (一通り観終わったが・・・あまり良いものが無いな) 「リク、手頃なの無いか?」 「ぁ〜イワンか、ん〜ちっと待ってろ」 ソファにうな垂れている彼こそ、その全てを管理している者。 名前は[リク]上級聖職者、通称ハイプリーストと呼ばれ聖職者の上位に位置する存在だ。 彼は、DOGイチの苦労人である。 経費関係、GvGでの戦略関係は、トッティが企画し動いているのだが、他の全ては彼が行っている。 ギルドメンバーそれぞれの特色を考えて仕事を探してきたり、物資の管理やその他もろもろ。 まぁ、DOGの雑用担当である。 「これなんてどうだ、手ごろだと思うが」 そう言うと書類を投げつけてきた。 その内容はあまりにもお堅いので要約すればこうだ。 ――ウィリアム家ご令嬢捜索―― シェリル・ウィリアム嬢を見つけて欲しい。 報酬 70.000.000z 「これにしよう」 「即決とは珍しいな・・・まぁ最近は、出費がひどいからなしっかり頼むぞ」 ああ、と言いながらイワンはその書類を胸に仕舞いそのままリビングを出て行ってしまった。 残されたリクは、テーブルにおいてあったコーヒーを見つめながら。 「あのイワンが・・・何か面白いことが起きそうだな」 ふふふ、などと微笑してコーヒーを飲んだとき。 「いわぁぁぁぁん!どこーそこーここー!?居ないなぁ・・・リクちゃんリクちゃん、イワンどこ行ったか知ってる?」 リビングに突貫してきたらえるは、息を立てながら 「仕事しに行ったよ」 「えぇー!どんなのどんなの!?面倒!行ってくる!!!」 一方的な喋りでリクに返答する機会すら与えず出て行ってしまった。 「――――ほんと何か起きそうだな・・・さて、Will you enjoy a holiday to the full?」 「誰に言ってるんだ?」 なんとなくカメラ目線気味にキメているところ、丁度入ってきたトッティに突っ込まれてしまい部屋の空気が一気に下がった。 プロンテラ中央噴水広場 騒がしい大通りと違って、散歩や休息などに快適な人々の憩いの場である。 ある者はベンチで本を読み、またある者達は芝生に寝転がって喋り合っている。 そんな中、イワンは先ほど貰った書類を見ながらふと思いに耽る。 (シェリル・ウィリアム―――あの御方のご令嬢か・・・・) あの御方とは、アルバート・ウィリアムかつてイワンが仕えていた者で、聖騎士団第二隊長という立場の人であった。 名家の御仁で人柄も良く、剣の腕もあるのだが指揮官としての能力が高く、討伐隊などの指揮を行う時もあった  そんなアルバートに惹かれイワンは彼を慕い側近となった。 その日が来るまでは・・・・。 その日、プロンテラ城の地下にある監獄に大量のモンスターが発生した。 原因は至って不明。 そのときたまたま報告書をイワンと供に提出するため城に訪れた二人はその駆除に向かった。 しかし、敵の数に問題があった。 モンスターは、それこそ無尽蔵に限り無く沸き続けるのだ 当時、クルセイダーであったイワンは主を護りながら数百の敵を相手にするのは容易ではなくしかもこちらの人員に問題があった。 敵数百に対して、クルセイダー3人に騎士8人さらにプリースト3人という少数でしかない。 だが彼らは、地下から一歩も敵を出さずいた。 そう・・・その一瞬が訪れるまでは・・・。 防戦一方な状況を打破しようとアルバートは、敵に突貫しグランドクロスを放とうとした。 そのとき。 一本の槍が、彼の心臓を貫いた。 あまりの出来事に状況が理解出来無いイワン、それは味方全体に感染し全員の動きを鈍らせた。 モンスターの群れは、津波となって襲い掛かってきた。 それは照りゆく太陽が、雲に隠れるように ―――禍々しいほど黒く―――― 全てを呑みこむが如く。 たったその一瞬、だがその一瞬で仲間が8人呑みこまれた。 プリースト達の懸命な救命活動も、あまりの多さのモンスターの数に間に合わず、尚も増大するモンスターの波に味方は全て殺され、イワンはただ一人残された。 彼が、生き残ったのは偶然かもしれない。 残る一人の暴走するクルセイダーを前に、沸き出したモンスターは全て去って行ってしまった。 後から駆けつけてきた増援部隊の人達は、彼一人で撃滅したと思い込み。 彼は、王や人々から賞賛された。真実すらもみ消されるように・・・・。 (アレからもう5年か・・・) 噴水広場でも一際広々とした場所のベンチで、彼は一人過去を思い出す。 失われた存在、認められなかった現実、その全てを背負うことで前を向くことを決めた。 「やれやれ、私は弱いな」 (受け止めると決めたのだがな・・) 「ふぉふぉふぉ、まぁた面倒を背負い込んでるようじゃの」 「・・・貴様は、相変わらずのようだなボケじじい」 「やさしくないの〜」 老人は、そういうとベンチに座った。 「・・で、今回は何の用件じゃ」 「これの情報が欲しい」 イワンは胸元に締まっておいた書類を老人に手渡すと肘を膝につきながらため息をついた。 「ほぉ・・・こいつぁ〜また―――――イワン、おぬし」 「御託はいい、そんなことより情報をくれ」 「ふむ、小耳に挟んだんだが・・・アルデバランに在る錬金術ギルドに行ってみるといい・・・だが急いだほうが賢明だぞすでに動いてる者がいる」 「ほぅ、その方が良さそうだな」 「ふぉふぉふぉ、しかしおぬしからすれば問題事か・・あの子とはよく遊んであげていたしのぅ」 「む」 「そう睨むな、まったくこの程度の情報などアイツに言えばすぐに手に入るだろう」 「その話は、後にも先にも無しだ」 「おぬしは、もっと融通を利かせるべきだぞ」 「黙れボケじじい、また頼む」 そう言うと懐から小袋を老人に渡し公園を去って行った。 「兄弟揃ってなんとやら」 一人残された老人は、すでに見えなくなったものを眺めその老人もまた消えてしまった。 イワンは、一旦身支度を整えるために宿まで戻った。 「アルデバランまで徒歩9日程度か・・・ポータル屋でも探すか」 (しかし・・・あの方の娘様か・・・家出をしたという噂を聞いたが・・今更捜索届けとはな) そう、この事件での一番不快な点は、シェリルが家出をしたのが今から4年前なのだ。 しかし、今回届けが出されたのが先日の夜とあまりにも矛盾な点が浮かび上がる。 何故、4年前に届けを出さなかったのか、そして今になって何故探しているのか。 「それも会ってみてからだな」 「いわぁぁぁぁぁん!!みーつけた!!」 扉を開けようとしたところいきなり開けられ問題児が飛び込んできた。 体をくねらせながら。 「らえる、良いところに来た」 「え?!イワンが・・イワンが私のことをお求めに?!いやぁぁんイワンったら私はいつでもOKなのに♪」 「ところでなんだがアルデバランまでのポータルはあるか?」 「あはっ☆放置プレイで話完全に無視なんて〜イワンのいけず〜」 「んでどうなんだ?」 「ん〜と、あるよ〜今行く?すぐ行く?準備はいい?」 「ああ、ついでだお前も来い」 らえるは、イワンの一言に打たれたらしく、頬を赤らめながら。 「ついに!新婚旅行ね!!」 「黙れ馬鹿さっさと出せ」 「イワンのど・え・す・さん♪いっくよ〜」 「ワープポータル」 足元に円が描かれ、そこに扉が生まれる。 「さて、何が起こることやら」 「えへっ♪決まってるじゃん私とイワンのらぶすとーりー」 「無いから」 二人は、扉を開きその先に進む。 それは始まりを告げるかのように、、、、、。 『誰ガ為ノ物語リ』中編へ続く。